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インポ忍法、不凍港

お久しぶりです。

 

皆さんはレンズ豆を知っていますか? レンズ豆。西アジアを原産とし、旧約聖書にも

そこでヤコブはパンとレンズ豆のあつものとをエサウに与えたので、彼は飲み食いして、立ち去った。このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。

 という文で登場する、長い歴史を持った豆です。

このレンズ豆、その名の通り凸レンズに似た形をしているのだそうですが、もちろんそれは光学用途に使用される透明の物体を由来とするものではありません。逆です。このレンズ豆こそが、私達が使うレンズの語源です。でもあなたは、レンズより先にレンズ豆を知っていましたか?

 

私達は、往々にして歴史の中で語源を忘れ、今ある言葉だけに目を奪われます。レンズ豆を挙げたのはほんの例示であって、私もあなたも知らない、誰も知らない語源を持って生きる言葉が沢山あるでしょう。何の知識もなければ、「レンズに似ているからこの豆をレンズ豆と呼ぶのだ」と勘違いするかもしれません。疑うことでしか、その勘違いを払拭することはできません。

 

であれば……あなたのすぐ近く、そう、頭蓋骨からすうっと下った所にある言葉、何か、疑わなければならないものがありませんか?

 

鈴口です。鈴口の語源を理解できない人は重度の真性包茎であるか、もしくは怠惰であるかのような扱いをされます。鈴に似ているから鈴口、それ以外に何がある?と、先人は時に笑みさえ浮かべて私達を嘲ります。自分のちんぽは信じてあげない癖にその浅慮を疑うことを知らず、哀れにも歩み続ける彼らを慈悲の瞳で眺めなければならないのはとても苦しいことです。あなた以上にあなたのおちんちんを理解する方が、信じてあげられる方がどこにいると言うのですか!

 

どうして――、どうして、おちんぽが鈴を作ったと期待してあげなかったのでしょう。そんな簡単なことさえ出来なかったのでしょう。縄文時代より遥かな昔、数多のおちんぽ達が自らを模して鈴文化を作り上げ、自らは歴史の影に隠れて私達の繁栄を手助けしてくれていると心のどこかで思ってあげれば、それだけで救われるものがあるかもしれないというのに!  あなたが歩く度にあなたのおちんぽが揺れ、その音色を響かせているのがあなたには分からないのですか?  おちんぽの模倣である鈴の音を聞いたことがあるならば、それに似た音を自分の鼓動の中で感じ取ることがきっとできるはず。だって、だっておちんぽは、あなたとずっと寄り添いながらその音色を鳴らしてきたのですから。

 

いつになくノリました 全国の鈴関連業者の皆様には心よりお詫びを申し上げます ここまで1000字ちょいです 「ふぐり」は宇治拾遺物語において既に使用されていた陰嚢の別称だと言います 私達は何を信じて生きていくのでしょうね わかりません

 

改めてお久しぶりです。ここから本題に入ろうと思います。上の文章で散々おちんぽ様と手を取り合えと言いながらなんですが、僕は最近喧嘩しました。普段僕が喧嘩する時は異教徒に対することがほとんどなんですが、十数年寄り添ってきた相棒はいとも簡単に僕を裏切りました。

 

いや、ガチで涙が出かけましたよ。こいつとは色々ありました。7個ぐらいの性的コンテンツを同時に楽しんでたら何の変哲もないボールペンを見ながら射精したこともありましたし、1日に9発射精したこともありましたし、精液に血が混ざって顔から血の気が引いたこともありました。深夜3時頃になるともうオートで勃起→射精→処理のループを繰り返す設定になってて慌ててちんぽをブン殴って事無きを得たこともありました。でも、僕からの"意志"をこいつが無視したことは一度だってありませんでした。

 

マジでEDになったか? と思い、思いつく限りの最終手段を試し、途中でそうめん状のゲロを吐くアクシデントがあってもやり通し、それでもダメ。こいつは何かを求めている。猫の交尾でもおねショタでも幼稚園児のパンツでもツイッターのセックス体験談でもない、何かを求めて僕に不満を訴えている、と気づくまでかなりの犠牲を払うことになりました。

 

そして、僕は長い苦闘の末、遂に……彼が応答こそしないまでも……うっすらと瞼を開け、こちらに微笑みかけるに値するモノを見つけました。僕の奥深く、それこそ存在さえ忘れてしまうような、残酷なまでに薄くて儚いモノでした。でも、それだけが、疲弊した彼に唯一必要だったんです。

 

ラノベの水着巻、その挿し絵。彼の、確かで、安らかな居場所でした――――。

 

 

 

 

 

 

後半は半分くらい嘘です あと今年中と言わず今すぐに死にたいです 今 すぐに